2009年03月13日

学生懸賞論文

今日、3月13日、広島経済大では本年度(平成20年度)の学生懸賞論文の表彰式がありました。1〜4年生まで学年を問わずに応募し、論文の内容、形を競います。その最優秀賞に今回はメディアビジネス学科3年の矢倉沙也加さん(林ゼミ)が選ばれました。題目は「我が国におけるフィルム・コミッションの現状と課題〜広島と尾道の事例を通して」というものでした。

 

 IMG_0286.JPG矢倉さんの論文は8人の審査委員のほとんど全員がA評価を与えました。映画やテレビ、コマーシャルフィルムなどの映像制作に協力するために日本各地で作られているフィルム・コミッションとはどんなもので、問題点は何かを適切に示しているとの評価でした。

 

 矢倉さんは昨年前期のゼミの研究テーマにこのフィルム・コミッションを選んだと言います。偶然の判断でした。たまたまテーマを決める日の前日、テレビのニュースでフィルム・コミッションの活動を見て、「一体これはなんぞや」と興味をもったそうです。それまでフィルム・コミッションとは何かも知らなかったのです。

 

 自分が知らないことを、「知りたい」という欲求は物事を書いたり、表現するうえで一番大切な要素だと思います。未知のこと、新奇なもの、おかしいと疑問に思ったことを調べることで自分自身が納得する。そのうえで、今度はそれを他の人にも「知ってほしい」と伝えたくなるのではないでしょうか。論文でも新聞記事でもテレビのニュースでもそれは同じだと思います。

 

 矢倉さんの場合、フィルム・コミッションとはなんぞやという疑問を、まずネットなどで調べ一般的な知識を得ました。次いで自分の手が届く「広島フィルム・コミッション」と「おのみちフィルム・コミッション」の二つに焦点を絞って取材し、さまざまな具体的な事実、問題点を考えていったのです。

 

 物事を書いたり、映像化したりするとき最も重要なのはどれだけ取材ができたか、リサーチができたかということです。取材が十分だったら原稿の執筆は比較的スムースに進みます。材料集めが不十分だったり、的を射てないと執筆は滞り、無理をしたり、ごまかしたり、逃げたりということになりがちです。この点、矢倉さんは取材相手に恵まれたとみえ、十分な取材をして、執筆はほぼ一週間でやり遂げたと言います。それだけに原稿にスピード感があります。

 

 私たちは書くこと、表現することによって考えて行くようなところがあります。書きながら考える。映像作品を作りながら考える。そんなことです。ものを書く、作品を作るのが楽しいのはそれゆえだからとも言えます。これからも、メディアビジネス学科からどんどん学生懸賞論文などで受賞者を出したい。そんなことを考えた一日でした。

 

 以下は担当の林先生からのコメントです。

 

1年かけて、地域と中央の映画業界とを結びつける「フィルム・コミッション」の役割について、広島のみならず、岡山の事例なども広くリサーチをしていました。フィルム・コミッションの方ばかりではなく、映画制作関係者の方にもインタビューをし、聞いたお話から一歩踏み込んで、今後さらにそれぞれの地域に沿った戦略を考えるところまで、答えを追い求めている姿が印象的でした。文献と労をいとわないフィールドワークから得られた情報を自分なりに解釈して、自らの問いに答えるという問題解決能力を身につけて、賞に輝いたのは立派です。今後に活かしてください。

 
 写真は前川学長から表彰される矢倉さん   小野ゼミからの報告は今回はこれで終わります。
posted by 小野 増平 at 22:28| 小野ゼミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月10日

卒業旅行&部活

さて今週は小野ゼミからの報告です。とはいえ、大学は春休み真っ最中。キャンパスは人影もまばらで、ひっそりとしています。キャンパスを離れて学生諸君は何をしているのか。問い合わせてみると、みんな活発な活動を続けていました。

 

卒業を目の前にした(卒業式は3月18日)4年生は、“人生の猶予の時間”最後を卒業旅行や、さまざまな思い出作りに当てていました。3年生以下はサークル活動やアルバイト、読書などに。もちろん3年生の就職活動も熾烈さを増し始めています。

 

 そんなことで今回は卒業旅行で東北へ出かけた4年の二階堂了麻君と、3年で野球部のマネージャー業に追われている谷口香織さんに原稿を頼みました。人生を楽しんでいる2人の今を読んでみてください。

 

 「どうも。小野ゼミの二階堂です。

今回はメディア学科の友人3人で、東北へ卒業ドライブ旅行に行ったことを皆さんにご紹介します。

 

まず、広島から高速で静岡まで行き、そこから青森を目指し、太平洋沿岸をひたすら北上し続けました。一日だいたい250〜350キロほど移動し、まず最初に着いたのが福島です。IMG 1403.JPG福島と言えば喜多方ラーメン!ということで、インターネットでもヒット数の多かった「まこと食堂」という老舗っぽいお店に行きました。入ってみるとびっくり、普通の民家のようで、無造作に食卓が置かれている和室に通されました。そして、隣に居合わせた営業マンと会話すること約10分、いい香りと共に喜多方ラーメンが出てきました。

 

スープのベースは醤油で広島ラーメンとも似ている味です。そして、特徴的なのがびっしり入っているチャーシューで、これまたあっさりスープとよく合いました〜。

 

その後も宮城、岩手と観光地を転々としつつ青森を目指し、ついに6日目にUターンポイントである、下北半島の龍飛岬に着きました。ここは竜が飛ぶほど風が強いことからこの名が付いたそうで、ほんと息が出来ないほど風が強かったです。

 

IMG_1401.JPGこの写真は龍飛岬の高台から撮った写真ですが、なんとな〜く海の向こうにある陸地が北海道です。自分たちがいるのは、ほぼ本州最北端なんだと実感しました。

 

ここからは日本海沿岸を通り広島まで帰ったわけですが、結局10日かかったこの旅も終わってみると、あっという間でした。移動は全て車だったので少し過酷な旅行になりましたが、観光地での感動や驚き、またその土地の郷土料理に元気をもらったように思います。

  ということで、みなさんもぜひ東北に行ってみてくださ〜い」

 

 次は3年の谷口香織さんです。


 「
私は硬式野球のマネージャーをしているので春休みは部活の毎日です!! 部活では事務的なコトはもちろんスコアを書いたりアナウンスをしたりお茶やお弁当を用意したり道具の管理をしたり…などなど選手のサポートをしています♪
 選手は約90名います!                 IMG_1402.JPG 4月から始まるリーグ戦に向けて一生懸命練習しています!!!

 
2月20日〜28日まで宮崎でキャンプをして3月1日〜3日までは福岡に移動して福岡大学さんと試合をしてきました。キャンプでは毎日朝6時に起きてご飯食べ9時から練習開始!!練習は選手のユニフォームが真っ黒になるくらいハードでした!!

 
 19時から夜ご飯でその後は…監督やコーチのユニフォームの洗濯へ(--;)

 
 色々大変だったケド楽しかったキャンプでした(^^)

 
部活だらけの毎日ですが私にとってマネージャーは学生生活でしか味わえない貴重な体験であってマネージャーのおかげで充実した生活が送れています(^O^)
posted by 小野 増平 at 16:40| 小野ゼミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月23日

小西先生 第3の人生へ

小西先生.jpg 2004年のメディアビジネス学科創設以来、苦楽をともにしてきた小西修一先生が、この3月末で大学を去る。4月からは妻の裕子さんと一緒に沖縄県石垣島で第3の人生をスタートさせる予定。絵に描いたような団塊世代の一つの生き方をたどる小西先生に聞いた。

 

 −南の島への移住は前から考えられていたのですか。

 

 広島経済大学にお世話になる前は、松下電器産業(現パナソニック)でビデオ関係の仕事に携わり、最後は航空機内のAVシステム事業の責任者をやっていました。私の人生で一番、忙しいころで米ボーイング社の本社があるシアトル、米連邦航空局(FAA)の試験場があるロサンゼルスなどを中心に世界中を飛び回っていました。めったに大阪の自宅には帰らない、“モーレツ社員”でした。そのころからです。自分の中に何ものにもとらわれない自由で気ままな生活を送りたいといった気持ちが芽生えてきたのは…。

 

−経済大学には5年前、教授としておいでになったのですよね。

 

そうです。57歳のとき話がありました。少し落ち着いて物事を考えてみたいと思い始めていた時期でした。メディアビジネス学科のスタジオなどに入れた機材の多くが松下製だったこともあって、大学でメディア技術論などを教えることになったのです。

 

 −学科では学科主任なども歴任されましたが、「自由な生活」という夢を捨てきれなかったということですか。

 

 というより大学での教員生活がちょうど5年。学科創設時の1年生を送り出し、あと1年やってなんとか自分の責任は果たしたと思いました。それに南の島で暮らしていくには体力的に、もうスタートしなくてはとの思いもありました。

 

 −石垣の暮らしはどんな環境なのですか。小西裕子.jpg

 

 土地は竹富島に近い石垣島の南端に約1650平方メートル(約500坪)を購入しました。家の前の防風林を抜けると前にさんご礁が広がっています。しばらくここでシュノーケリング、ダイビング、釣りなどをしながらのんびり暮らそうと思っています。ダイビングのライセンスは15年ほど前にとりました。家内も一緒に潜ります。今、家を建てようとしているのですが、自然保護区、美観地区ということもあって少し工事が遅れています。しかし、大阪の自宅はすでに手放したので4月からは石垣暮らしのつもりです。

 

 人口減の進む日本の地方の中で、沖縄県は増加傾向が続いている。本土からの移住者が多いせいもある。石垣島は沖縄本島、西表島に次ぐ大きさ。白帆地区の青サンゴ礁は有名で、ダイビング好きの人は一度は訪れたいと夢見る。現在の人口約46000人。小西夫妻もそのうちの二人となる。自分たちの夢に向かって果てないチャレンジを続ける夫妻の第3の人生が実り多いものになるよう広島からエールを送りたい。

 

 (写真は「石垣生活」の夢を話す小西先生。石垣島でマンタとツーショットの

裕子夫人)
posted by 小野 増平 at 14:17| 小野ゼミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月20日

日本の広告費

出版不況差し替え.jpg大学は後期の授業がほぼ終わり、補講、レポート提出、定期テスト準備の時期に入っています。今日20日の昼下がりはうらうらとした穏やかな冬日です。研究室で4年生の卒論のにらめっこに飽いてブログに向かうことにしました。


 先日の日本経済新聞(1月16日付)に気になるニュースが載っていました。広告代理店大手、博報堂DYホールディングスの主要3社の昨年4〜12月の単独売上高の合計値が前年同期比5%減だったというニュースです。主要3社とは博報堂、大広、読売広告社です。

 この傾向は、もう一つの巨大広告代理店、電通も同じです。同社も昨年4〜12月の単独売上を前年比7%減と発表しています。

 
 景気の浮き沈みの影響を直接に受ける広告費は、常に対前年で上がったり、下がったりを繰り返します。

 しかし、2004年に日本経済の回復基調を受け4年ぶりに前年を上回ってからは2007年まで連続して増加してきました(電通調査)。それが2008年で途切れる可能性が大きいのです。

 
 電通は昨年の年初、2008年の日本の広告費を101・7%程度と予想していました。米国経済の減速に伴う世界経済の成長鈍化を懸念しながら、北京オリンピック、洞爺湖サミットなどがプラス要因となって積極的な広告出稿が期待されると予想していたのです。

 
 ところが昨年秋から予想をはるかに上回る規模の「世界同時不況」です。広告費が激減したのは当然です。この影響をもろに被っているのが、いわゆるマスコミ4媒体と呼ばれるテレビ、新聞、雑誌、ラジオです。いずれも規模の大小を問わず激浪の中、木の葉のように揺られています。雑誌は昨年から相次いで廃刊、休刊が続いています。新聞、テレビもメディア再編の中で、企業としての生き残りに必死です。

 
 メディア業界の再編は、景気だけでなくインターネット、携帯電話の普及によってメディアの構造自体が大きく変わってきていることの方が重要です。不況の中にあってもインターネット・携帯電話向け広告費は対前年で伸びています。

 
 メディア学科に学ぶ私たちとすれば、現在のこの状況に眼を凝らしておく必要があります。メディアの基本が権力を監視するジャーナリズムにあるのは間違いありません。しかし、そのジャーナリズムを守るためにもメディア業界の動向をきちんと把握しておかねばと思うからです。

  (写真は『未曾有の苦境 出版界の徹底研究』を掲載した『創』2月号)

posted by 小野 増平 at 22:46| 小野ゼミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月18日

センター試験

 今週(1月17日〜)は再び小野の担当です。時の流れが速く、せわしく感じられるのは単に年齢のせいだけではなさそうです。

 

センター試験burog.jpg さて今日、18日は大学入試センター試験の2日目でした。広島経済大学も広島県内25会場の1つとして受験生約2千人を迎えました。今日は昨日の国語や外国語など文系教科に続き、数学、理科の理系の科目。各教室ともピンと張り詰めた雰囲気の中で試験がありました。

 

 試験監督として1時間目から5時間目まで、ほぼ1日付き合ってこんなことを思っていました。私自身はほんの2年前まで現役の新聞人。記者、編集者として共通一次、センター試験を長く見てきました。そんなときいつも感じていたのは「スムースに行って当たり前」という思いでした。

 

 しかし今回、試験を支える裏方の大学人として関わって、その「当たり前」のためにどれほどの努力が図られているかよく分かりました。全国54万人の受験生が、可能な限りの同一条件下で受験する。その公正と平等のために費やすエネルギーは膨大なものです。試験準備、監督のマニュアルは一言一句まで実に細かく定められていました。これほど物事を、こと細かく全国いっせいに執り行える国民は世界にそう多くはないでしょう。

 

 幸い経済大学では試験は大きなトラブルもなく順調に終わりました。5時間目の理科Bが終了したとき、外はすでに真っ暗。試験が終わるのを待っていたかのように氷雨が降り始めていました。多くの受験生はこれからさらに2次試験へと進むのでしょう。いつもすべてが思うようにいくわけではありません。しかし、長い人生です。若者が関門の一つ、ひとつを、何かを得ながらくぐっていってくれればと願います。

 

 一方、センター試験中の土、日曜日。メディアビジネス学科のスタジオ編集室では古本・小野合同ゼミ(3年生)の学生たちが休日返上でビデオ作品作りに励んでいました。昨年の3月から続けている「ぶらり可部線 駅かいわい」の10本目の制作です。

 

 就職活動や学期末のレポート、試験準備に追われ、時間がなくなってしまったのです。「時間がないは言い訳にならない」「公共の電波に乗せて放送する以上、責任がある」。こんな思いで制作に励む彼女、彼らには、身内でありながら「多謝」との思いがこみあげてきました。

posted by 小野 増平 at 22:49| 小野ゼミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月21日

「国境を越える人々」/1年ゼミ

 今日金曜日は広島経済大・興動館授業koudoukan.jpg「国境を越える人々」の授業日。移民、難民を中心に国家の枠を越えて動いた人々の話をしています。広島県が全国有数の移民県であり、とりわけ経済大のある広島市安佐南区あたりからは多くのハワイ、北米、南米移民を送り出していることもあって地域と結びついた授業ができないかと思ったからです。

 しかし、歴史を中心にした授業は、実践、作業を中心とした興動館授業の中では座学色が強過ぎるかもしれません。
 
 そんなことで今日は、JICA横浜海外移住資料館から借り出した「移民カルタ」(またカルタ!)をみんなでやってみました。カルタとはいえ、「エンシャーダ 引く手に落ちる汗涙」「海を越え ピクチャーブライド夢抱き」「ララ物資 移住者からの贈り物」「百年間 渡った移民は76万」となかなか難しい。読まれたカルタを機械的に取っても意味はよく分からないといったケースが多々ありました。

 前回は同じ移住資料館の紙芝居「ハワイに渡った日系移民」「弁当からミックスプレートへ」も読んでみました。これも結構、難易度の高いものでした。
このほか授業の際に、お世話になっているのは広島市のデジタル移民博物館。インターネットで呼び出してその回ごとの関係写真をみんなで見ています。移民初期の「官約移民」だけで1万人をも送り出した広島ならではのデジタル博物館です。
 
 この博物館は、「移民県広島として恥ずかしくない移民博物館(資料館)をつくろう」という動きがとん挫し、代わりに誕生しました。苦労して集めた資料・写真類をウェブの世界で公開できたのは本当によかったと言えるでしょう。

 しかし、せっかくウェブの世界で作り上げた博物館です。歴史の中に閉じ込めておくのではなく、今の移民たちの世界とネットを通じて結びつけることができれば、もっと生き生きとしたものになるのではないのでしょうか。

 
 【1年ゼミ】

 1nennzemi.jpgさて私のブログ担当は今日で終わりです。明日からは蔭山先生にお願いします。そこで最後に1年生の小野ゼミの紹介です。

 経大では入学したての1年生は全員が「入門ゼミ」に入ります。学科を問わずゼミ生は15人前後です。前期は大学生活、ゼミの仲間たち、教員と慣れ親しむための言葉通りの入門ゼミです。後期になると少し難しくなり、レポート、論文作成に向けて調査、フィールドワーク、執筆などの練習となります。
 
 
 小野ゼミはいま12人。10月に全校ゼミ対抗球技大会があり、ソフトボールに出場した小野ゼミは見事Bブロックで準優勝しました。34年生のゼミも一緒の大会ですから立派な成績です。
 
 今月6日に、それを祝って「焼き肉パーティー」をやりました。試合に参加し、応援してくれた同じメディアビジネス学科の林ゼミと合同です。両ゼミともほとんど全員出席で盛り上がりました。遊んでばかりか、と言わな1nennzemi2.jpgいでください。遊びだけでなく、勉強にもこの勢いが続くことを今、心から願っているのですから。
 
 それでは、長谷川、土屋先生と同じくカルタで締めて蔭山先生にバトンタッチします。私たちのは、酒にも何にもただれていない健康過ぎるカルタです。

 写真は上から、興動館の「国境を越える人々」の授業風景。1年ゼミの球技大会。同焼き肉パーティー
posted by 小野 増平 at 18:31| 小野ゼミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月20日

2年ゼミ/フランス印象記

mouri2.jpg 寒いですね。11月中旬とは思えない冷え込みようです。ブログの担当日が明日までなので、今日は2年の小野ゼミをバタバタと紹介します。

 「デジタルメディア表現U」という科目名のこのゼミは、後期だけですから正確にはゼミとは言わないのかも知れません。しかし、少人数教育を打ち出している広島経済大ではこれらの授業は教員が1人、ひとりの学生を担当するゼミ形式をとっているのです。

 メンバーは17人。今、授業では各自が『自分新聞』づくりを進めています。友人の横顔を書いた「この人」、好きなテーマで思いをぶつけた「コラム」、@オバマ次期米大統領に望むA定額給付金に思うB田母神・前航空自衛隊幕僚長の発言について―の3つのテーマのいずれかを選んでの「私の主張」、日々の暮らしの中で自分にとっての大ニュース、などなどで『自分新聞』をつくっています。

 そんな中のニュースの1本に毛利尚子さんのmoori4.JPGフランス印象記があります。高校時代から楊心流という「なぎなた」を習っている毛利さんは、在仏日本大使館が10月末にパリの日本文化館で開いた「武道祭」に招待され、演武を披露しました。

 日仏交流150周年の記念事業の1つだそうです。ニュースの印象記にはそれを書いています。素晴らしい体験をした毛利さんのOKをもらってブログに再掲します。


 『私は日仏交流150周年記念行事の一環としてフランスで開催された「武道祭」に楊心流薙刀術の一員として参加しました。

 この「武道祭」には合気道・剣道・少林寺拳法など私たちを含め5流派の団体が駐仏日本大使館から招かれて演武をしました。 私たちの演武はいつも振袖姿に襷がけという格好でしています。

 
高校時代から薙刀はしていましたが、海外で演武を披露するということは私にとって初めての経験でした。今回は不慣れな海外の舞台ということで、大変緊張しました。しかし、なんとかミスもなく自分で納得のいく演武ができました。演武が終わり、300人あまりもの招待客の方々から大きな拍手をもらったときはとても嬉しく感激しました。

 演武のほかにも今回のフランス遠征では、観光も含め良い想い出がたくさんできました。
 mouri1.JPG特にパリのシンボルであるエッフェル塔や凱旋門、そして世界遺産のモンサンミッシェルは日本にはない外観がとても美しく印象的でした。 フランスで過ごした6日間は私にとって、貴重な体験でした』
    写真はすべて毛利さん提供 
posted by 小野 増平 at 20:07| 小野ゼミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月19日

入試シーズン到来/3年ゼミ

 bulog4.jpg今日19日の水曜日、広島経済大学では推薦入試の面接試験がありました。いよいよシーズン到来です。入試はこれから1月中旬のセンター試験、2月の一般入試と続き受験生も、迎える大学側も緊張の数カ月が続きます。

 
それにしても今朝は冷えました。出勤途中に見た遠くの山々は雪をかぶり広島地方の初雪となったようです。幸い大学の周りには雪はなく胸をなでおろしました。

 日本の大学入試は昔から、きりりと冷えた中で実施されてきました。4月入学制度を取る以上やむを得ないとも言えます。私自身、東京の宿で火鉢を抱きかかえながら受験の朝を迎えた数十年前の思い出があります。あの日も朝から雪が降っていました。

  「そんな天気の悪いときに入学試験をする必要はない。9月入学制度に変え、受験生が最大限に力を発揮できる季節に実施するべきだ」という意見も最近では強くなってきました。とすると今度は暑い盛りの受験です。これまた難儀なことです。どんな形であれ、試験という関門をくぐり、ハードルを越えて私たちは一歩、一歩、進んでいきます。入学試験、就職試験、資格試験…。社会に出てからもペーパーテストはなくても実質的な試験は続きます。競争社会を全否定したら私たちの社会は成り立たないでしょう。

  としたら、天候ごときで右往左往する必要はないのかもしれません。少々の悪条件を乗り越えて「春をつかむ」。こんな素晴らしい日本語もあるのですから。  

   写真は推薦入試の面接試験があった広島経済大学のキャンパス

3年ゼミ】
 ということで今日は入試のため全日、3nennzemi.JPG臨時休講。3年ゼミの「デジタルメディア制作演習」、2年ゼミの「デジタルメディア表現U」ともお休みになりました。

 今年、この3年ゼミは古本泊先生のゼミと一緒になった「古本・小野合同ゼミ」で、「ぶらり可部線 駅かいわい」という約10分間のビデオ番組作りを進めています。

 合同ゼミの18人(古本ゼミ10人、小野ゼミ8人)が、ABCDの4チームをつくり、可部線(横川〜可部)の12駅をそれぞれ3駅ずつ分担し、1カ月に1本の制作ペースで作品をつくっているのです。駅周辺の名所、旧跡の紹介やユニークなお店の紹介などが主な内容です。完成した作品は地元の「ひろしまケーブルテレビ」(HICAT)で放送され、これまでに7本がオンエアされました。

 作品作りはなかなか大変なのですが、みんな苦しい中にも「ものづくり」の喜びを見出して頑張っています。メンバーの声です。

     『カオリ』♪♪

私は硬式野球部マネージャーをしている野球大好き&元気いっぱいの3年生ですo(^-^)oゼミでぶらり可部線をやってます!!初レポーターをやらせてもらいとても勉強になります。改めて作品作りの難しさを感じました!!でも協力して作った完成品は最高です(^O^)/メディアって楽しいなぁ♪

     『ケンケン』

とりあえず、NOと言えない人です。なんとなくで生きていますが、やらないといけない時はちゃんとやります。A(横川、古市橋、梅林)チームで残すとこ梅林だけになりました。この番組のトップバッターをやり色々悩んだりしましたが、ラストの梅林も頑張ります。

         『みや』

「ぶらり可部線駅かいわい」を制作する際、駅の周りで取材先を探すのですが、良い取材先を見つけるのは大変な分、面白いものを見つけるとすごく嬉しくなります。そんな感じで苦労しつつも楽しく制作している「ぶらり可部線駅かいわい」をよろしくお願いします。
 8本目は今月末の約1週間、Dチームがつくった「七軒茶屋」が放送される予定です。ぜひ見てください。

 写真は3年生の小野ゼミメンバーたち
posted by 小野 増平 at 20:01| 小野ゼミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月18日

4年ゼミと卒論

 小野ゼミ4年生、7人の報告です。4年生は今、卒業論文の作成が佳境に入っています。今年前半は就職活動に追われて卒論どころではなかったのが実情でした。しかし、夏休み前に内定を得た人から順に「さあ、卒業論文だ」とエンジンがかかってきました。昨日の月曜日4時限が4年ゼミの授業日。最近では、自宅で卒論作成の追い込みにかかる人も多く、なかなか全員がそろうことはありません。この日も出席は4人でした。 

 
私にとってこの4年ゼミは、大学教員になって初めて本格的に担当したゼミでした。ちょうど昨年の今ごろです。大学の近くの居酒屋で、まだ3年生だった7人と初顔合わせをしました。「さあ、就職に向けてがんばろう」と乾杯をしながらも互いをまだよく知りません。「どうなるかな」と小さな疑問を抱いてのスタートでした。

 
4nennzemiblog.jpgそれから速くも1年です。いらいらしたり、怒ったり、なさけながったりする中で次々と「受かった」「受かりました」と伝えてくれる喜びに満ちた声と表情に接するのは、本当にうれしいことでした。教員になってよかったなと感じたときでもありました。

 その彼ら、彼女らに卒論のテーマと現状を伝えてもらいました。それぞれの個性を反映したミニ報告になっています。







 
☆「ヤシキ」・・・ゼミの兄貴分。どこかひょうひょうとしている。頼りがいがありそうな、なさそうな。ライトノベルに興味があるということからこんな卒論に。

 自分の卒論のテーマは「ライトノベルの定義」です。
現在書いているですがぶっちゃけ何でこんなテーマにしてしまったのか後悔中です…

☆「二階」・・・何事にも全力で正面からぶつかっていく。その気力と闘志をいつまでも持ち続けてほしい。

 テーマ 「発展するコンタクトセンター」
私が来年就職する会社はコンタクトセンターを専門的に運営し、電話・Eメール・Webを使い顧客へ商品の告知や、企業の電話代行サービスなどの業務を受託しています。このテーマで卒論が書ければ、働く上での必要な知識が得られ、卒論も終わらせることができる…。
まさに一石二鳥だと思い、得意になって取りかかったのですが…。コンタクトセンターの歴史は浅く参考資料を探すのにも大変です。が、それだけに数少ない論文として世の中に出せることはやりがいあることだと思い頑張っています!

☆「アイ」・・・卒論のテーマを聞いたときは正直、私には理解できませんでした。これは大変と今、こちらも勉強中です。

 テーマ  「ニコニコ動画とVOCALOID」
現在下書きとして一万字程度の文章にまとめてありますが、まだ素材が足りないように感じ、もう一度資料を集めています
 

☆「団長」・・・経済大の応援団長を見事、最後まで務めました。ただ、悩みは団の後輩が次期団長を除いて男子がいないこと。男のいない応援団もユニークだと思うのですが。卒論は自分の住んでいる地域問題を取り上げました。ただ、これは地域から世界に通じる問題です。

 テーマ 「岩国基地〜現状と住民意見」
 
今は岩国基地の歴史、情報を収集中であります。近いうちに岩国基地周辺住民に直接意見を聞きに行きます。その後、2万字の文にします。

 「ヒロ」・・・いつも活力に満ちている。ときどき、それが方向違いに向かってしまうのが難。地元の広告代理店への就職が決まってからは、活力の方向は競馬場へ向いてしまっている。

 テーマ 「プロ野球とJリーグの経済効果について〜愛媛に活かすには〜」
 一段落ついて現在は全体の訂正をおこなっています。
夏休み頃からコツコツやって、なんとか形にはなってきました。もう一息で完成なので頑張ります。下級生の皆さんも早めの取り組みを心がけましょう。

 ☆「オーシタ」・・・就職に向けて徹底的に勉強をやり直した。本人曰く、「中学校からやり直した」。その意気をもう少し早くから示してほしかった。しかし、結果は出した。「ボクは天才ですから」。

 テーマ 「日本のSNSの背景と問題点(主にmixiについて)」
就職活動もあり、現在まだ一章が終わった段階です。二章以降は大事な部分なので、気を引き締めて取り組みたいです。

 ☆「江原」・・・個性派ぞろいのゼミでも、1番のユニークさを誇る。何が。アルバイト、世の中を見る目、生活態度・・・。しかし、根っこはゼミでも1番、純情なのかもしれない。

 テーマ 「高校野球留学の功罪」
死力を尽くして卒論にあたれ
時ある限り最善を尽くせ
決して留年しない

 以上のことを誓う
posted by 小野 増平 at 14:43| 小野ゼミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月17日

「メディアと法」小テスト

小野です。さて、のっけから試験の話です。実は今日、月曜日は経済や経営など他学科にも公開している「メディアと法」の授業日。「表現の自由」、「知る権利」など少々、堅苦しい授業です。ちょうど後期授業の半分(7回)を終え、これまでの復習を兼ねての小テストを実施しました。 IMG_132.jpgその試験にも取り上げたのが、「外務省秘密漏えい事件」として知られる1972年の沖縄返還の際に起きた毎日新聞の西山太吉記者の「日米密約」を暴露した報道と、「国家のウソ」の話。

 授業の中でもかなり時間を割きました。外務省の女性職員と男女関係をもって「密約」を暴いた西山記者の取材方法の問題と、あくまで密約はなかったと言い続ける政府の「国家のウソ」の問題。現在は西山記者を支援する人々が情報公開法に基づいて外務省、財務省に関連外交文書の公開を請求していますが、両省は「そんな文書はない」と突っぱねています。

 私が感心したのは、この問題で「公務員の守秘義務」を話したのに対し、出席カードに書いてくれた次のような文章です。

 IMG_132762.jpg「秘密が国民にとって、とても重要なとき、これ(公務員の守秘義務)はスゴイ問題だと思う。たとえばもし日本が核兵器を所持しており、国民や周りの国に秘密にしているのだったら、その内容を暴露した場合、守秘義務が破られたということで犯罪となるのだろうか?・・・つまりはそれほど重要なことなら国民は知るべきであり、知らされないのは冒涜行為である」
 

この出席カードを読んで、私はうれしくなってしまったのです。つたない授業を理解してくれている学生たちがいる、と。そんなことで今回の試験の採点は少し楽しみなのです。ゼミ紹介が遅れてしまっています。明日は卒論に追われる4年ゼミの話をしましょう。


  
写真は「政府の秘密主義を突き崩すために〜西山太吉氏の国家賠償請求訴訟から考える」と題した東京新聞社会部の佐藤直子記者の記事が載った今月(11月)号の「新聞研究」と、西山氏の「沖縄密約−情報犯罪と日米同盟」。興味のある人は一読を。
posted by 小野 増平 at 17:22| 小野ゼミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月15日

[ [ 「北の国から」監督講演会

 さて長谷川、土屋先生と、快調に走ってきた「もっとビジネス学科」ブログを今日15日から引き継ぐ小野です。戦後民主主義の時代とともに育った団塊世代。何かにつけてデジタルよりアナログが好きです。ブログのスピードがガクンと落ち込まなければいいがと懸念しています。最初から黄信号が点滅しています。

IMG_1325_2.jpg とりあえず、日々の暮らしを書くなかで、4〜1年の小野ゼミの紹介を順番にやっていきましょう。まず、今日のことから。このところ土曜日といったら講演会、勉強会への顔出しが続いています。この日は午後、メディアビジネス学科の古本泊先生から紹介していただいた広島映像製作社連盟の特別講演会『「北の国から」杉田成道監督の遺言〜志のないやつはダメだ!』を聞きに行きました。

 広島県立美術館の講堂であった講演会には放送局のディレクターを中心に広島の映像メディア関係の人や、演劇、映像を志す学生ら100人余りが集まりました。杉田さんはフジテレビで携わった連続ドラマ「北の国から」の監督経験などを振り返りながら、クリエーターに欠かせない「志」を語ってくれました。

 
彼の言う「志」とは、無から有を生み出す制作に欠かせないのは「持続する志」ということでした。「何を訴えたいのか」「なぜ自分はここにいるのか」を問い続ける持続する志を持とう。「人の心を動かすものをつくるのは他にはない喜び」などと熱く語りました。メディアビジネス学科からも3年生3人が聞きに来ていて監督に質問するなど積極的でした。活字メディアで育った私にもストンと腹に落ちる話でした。


 来週の土曜日は、日本ジャーナリスト会議広島支部(JCJ広島)が主催する「ヒロシマ基礎講座」の5回目があります。共同通信ワシントン特派員だった太田昌克記者が、「ブッシュ核戦略の挫折と米新政権の課題」と題して話してくれるそうです。興味のある人は連絡ください。一緒に聞きに行きましょう。

 写真は淡々とした語り口ながら熱く「北の国から」を語る杉田監督

posted by 小野 増平 at 19:06| 小野ゼミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広島経済大学 〒731-0192 広島市安佐南区祇園5-37−1
TEL:(082)-871-1000 FAX:(082)-871-1005

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。